札幌冬季オリンピック(1972)の思い出
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ヨーロッパの長い旅から日本へ戻ってすぐ、私は札幌へ行った。
オリンピックのドイツ語通訳の仕事が待っていたからだ。
札幌の駅に降りると、トワエモアの札幌オリンピックの歌が流れていた。雪の街、札幌はすっかりオリンピックムードだった。
凍りついた階段や道路を、滑りそうになりながら歩いて、私は市役所に向かった。転びそうで怖かった。もっと底がギザギザの靴を履いてくればよかった。雪に慣れてない私はひやひやしながら、歩いた。
仕事は市役所の一室での電話通訳だった。
オリンピック期間中に札幌を訪れる外国人旅行者と、札幌市民のコミュニケーションを電話で支援するのだ。
いろんな電話がかかってきて、面白かった。
たとえば、
「もしもし、外人さんが、なんか言ってるんだけど、どうもわからないんで、通訳してください」という日本人のおじさんに続いて、ドイツ語を話す男性の声。
「ハロー、私はいったいどこにいるのでしょうか?」
は?
よく聞いてみると、実は「女性によるマッサージ付きの浴場」へ行きたかったのに、タクシーで来てみると、どうもここは違うようだ。ここはいったいどこなんだ?ということらしい。
それで、日本人に代わってもらって聞くと、そこは銭湯だった。
「そうだったんですか。じゃ、タクシーの運転手に説明して、そういうとこへ行くように頼んでおきます」と銭湯のおじさん。
ということで、一件落着。日本のその手の浴場は、外国人の間でも有名だったのかなあ。むむむ...
喫茶店から電話がかかってきたこともある。
「あのう、男の人がなんか言ってるんですが、わからなくて...」とウェイトレスさんの戸惑った声。
電話を代わってもらうと、
「彼女がとっても可愛いから、デートに誘いたいんだけど」だって。
またまた彼女に電話に出てもらってそう告げると、
「えー、困った。言葉も通じないし...お断りしてください。」
そういうわけで、私は彼にはっきりと彼女の意思を告げたのでした。
薬局からの電話には困った。
心臓病の薬を買いたいそうで、専門用語をいっぱい言われて、よくわからなくて、間違って訳したら大変なことになるから、病院に行ってもらうことにした。
市役所の中で仕事をする以外にも、市が主催するパーティとか、祝宴の通訳の仕事もした。
座敷で、舞妓さんがおもてなししてくれる会もあった。その時はミュンヘンの副市長さんが熱心に舞妓さんをくどき、私は間に座ってその通訳。うーん、複雑な気持ちだったなー。
でも、おかげで舞妓さんとお友達になれた。
「舞妓って、特別な人って思われるんだけど、普通の女の子なんですよ。」と、彼女は私に言った。さっぱりした、感じのいいほんとに普通の女の子だった。そして、綺麗な人だった。
私達に用意された宿舎は二人部屋で、フランス語の通訳の日本人の女の子と一緒だった。彼女は20歳。若い!
彼女は長い間フランスにいて、最近、帰国してきたそうで、雰囲気が「自由に行動する子猫ちゃん」っていう感じ。初対面の人と一ヶ月以上、同室になるんだけど、お互いに 自由に好きなときに食事に行ったりしていたので、全然気にならなかった。
隣の部屋の日本人女性二人はいつも一緒に行動してるみたいだったので、私たちと対照的だった。「いつも一緒」ということが苦手な私は、同室者が彼女でよかったなあと思った。
通訳は日本人以外にもアメリカ人とかオーストラリア人とかがいた。彼女たちが「そうかしら。」とか、「○○だわ。」とか、とっても女性らしい日本語を話すと、なんとなく違和感を感じた。どうしてだろう?私の言葉が女らしくないからなのかな? それとも、彼女たちが外国人だからだろうか。
私の仕事はオリンピックとあまり関係がなかった。
競技はあまり見てない。選手とも話してない。残念!
でも、面白くて、いい体験だった。
稼いだお金はその後の北海道一人旅で全部消えてしまったのだけれど。