1982年夏、私は6歳の長男と4歳の次男を連れて、私の母も一緒に来てもらって、一ヶ月間、ウィーンに滞在した。
ドイツ留学から帰って来てから、仕事、結婚、子育てと生活に追われて、ドイツ語をすっかり忘れてしまっていたので、リフレッシュするために、貯金をはたいて、一ヶ月間、語学学校に通うことにしたのだ。
授業は午前中だけだったので、その間、母に子守をしてもらって、午後は4人であちこちへ行った。
以前に私がウィーン大学の学生寮で働いていたときに知り合った事務員のブロックさんが彼女の住居の一室を私たちに使わせてくれることになった。彼女はもう退職していて、ご主人も亡くなって、一人暮らしをしていた 。
それで母、私、息子たちの親子三代はウィーンのブロックさん宅にお世話になることにした。
(長男、母、ブロックさんーー彼女の住まいの前で)
その頃、私が夫にあてて書いた葉書や手紙が出てきたので、下に書き写します。
1982年7月.31日
お元気ですか?
今日はいいお天気の土曜日で、シェーンブルンへやってきました。子供たちは木陰でリスを見つけて大騒ぎ。スケッチブックを持ってきたので、噴水の前のベンチで写生してます。謙史がとてもていねいに描いているうちに、毅史はさっさと5枚も描いています。パパに「こんなだったよ」と見せようとはりきってます。
きのうは午前中、ブロックさんに買い物する場所とか公園とかを案内してもらいました。
子供たちはまだ時差がとれず、午後3時ごろに昼寝したら、そのままずっと寝続けてしまって、朝の4時半に起きてしまって、元気いっぱいで騒いだのでとても困りました。
今日はうまく時差がとれるといいのですが。そうでないと、うるさいから出て行きなさいと言われるかも。
では、又ね。さようなら。
(毅史、謙史、母)
毅史はこの場所を自転車一人旅でもう一度訪れている。ここをクリック!